ファイバーピンの考案者
今ではすっかり有名になったファイバーピン。光る点はエイミングの時の助けになり、特にピープを覗いて視界が暗くなっているコンパウンドには、エイミングを行うのにとても役に立つ。今では世界中で使用されている。
ではこの便利なアイテムを考案したのは誰だろう?
実は考案者は日本人で、小関氏(神奈川県)である。考案されたのは1980年代後半です。(正確には把握していません。知っている方がいたらご連絡ください)
まずこのファイバーピンが使用され始めたのはピープを覗く事で視界が暗くなるという弱点を持つコンパウンドの競技者の中で使われ始めた。(この弱点を補うために考案されたと言ってもいい)当時はコンパウンドがまだ全日本選手権への参加が認められていなかったので、リカーブとの接触が少なく、フィールド競技やインドア競技で見かけるくらいで、リカーブ競技者がファイバーピンの存在を知る事そのものが困難であった、さらにリカーブのサイトに取り付けることが困難だったため、リカーブ競技者にファイバーピンが普及するのに何年もの時間がかかった。
では初めてリカーブ競技者でファイバーピンを使用したのは誰か?考案者の小関氏はコンパウン競技者で、リカーブ競技者では無い、さらに当時はまだリカーブのサイトに取り付ける良い方法が無かったため、不明。(これについても知っている方がいたらご連絡ください)
全日本で初めてファイバーピンを使用したリカーブ競技者は、近藤英之氏(岐阜県)で、1992年に開催された第1回全日本インドア・アーチェリー大会である。
海外にファイバーピンを紹介したのは誰かと言うと正確には不明なのだが、国際大会で初めてファイバーピンを紹介したのは、コンパウンドでは山田彰氏(岐阜県)で1992年の世界フィールド選手権である。
意外と日本人はアーチェリーに貢献している。メーカーのYAMAHAをはじめ、Vバー(Yバランサー)を考えたのも日本人、そしてファイバーピンを考案したのも日本人。皆さんも何か考えてみませんか?そして良いアイデアがあったら、御連絡ください。