試合になると緊張して実力が発揮できない、という悩みを持った人はたくさんいるはずである。そんな人たちは試合になると落ち着こう、落ち着こうとして努力しているが、その成果はあまりかんばしくないのではないだろうか。
端から見ていると、落ち着こうとして無駄な努力、または無謀な努力をしている気がしてならない。例えば試合になると弱い人は実力以上の点数を求めたり、緊張をゼロにしようと努力しているしことが多い。だがここでひとつ注意しておきたいのは、試合になればだれもが緊張していて、自分だけが緊張しているのではないと言うことです。
ではなぜ緊張するのかを考えてみよう
緊張と言うのは医学的にいうと、アドレナリンというホルモンの分泌です。
アドレナリンの分泌による主な特徴は、心臓興奮、血圧上昇、気管支拡張、皮膚・内臓に分布する血管収縮、血糖値の増加です。心臓興奮、血圧上昇、気管支拡張によって呼吸が多くなり、顔がほてるなどの症状が出ます。これは、脳が速い決断を下すために空気をたくさん取り込んで、脳へ新鮮な酸素を供給するためです。
また喉の乾き、胃けいれんなどの症状が出ますが、これはエネルギーを必要度の高い組織器官に供給するため、消化活動を停止し、唾液の流れを止めて消化エネルギーを節約しようとするためです。
皮膚・内臓に分布する血管収縮によって、手が冷たくなるなどの症状が出ますが、これは人間の防衛反応が開始され、筋肉が行動に移ろうと準備しているのです。さらに負傷に備え手への血の供給が圧縮され、出血の量を減少しようとしているためです。さらにアドレナリンが肝臓を刺激して血糖を供給させ、血糖値を増加させますが、これは、エネルギーを筋肉に供給するためなのです。
つまり緊張すると言うことは、人間という生物が生き残るために戦闘態勢(非常事態に備える)に入ったことを意味します。
意識的(精神的)な反応について考えてみよう
脳波は緊張を示すβ波になり、その結果、意識分散・緊張・雑念を伴うようになります。「意識分散・緊張・雑念」と書きましたが、これは決して悪い意味ではなく、意識分散によってどの方向からの攻撃にも対処できるようになり、緊張によって瞬時に肉体が反応できるようにし、雑念によってあらゆる可能性(逃走経路の模索、武器になりそうな物の選別、戦闘方法の選択)を想定するのです。ですから、スポーツで緊張すると言うことはとても大切なことなのです。
集中して(意識分散せず)、リラックスして(緊張しないで)、専念する(雑念を捨てる)と言うのは、格闘技のような競技で、戦闘態勢に入ると言うことにおいては本当は当てはまらないのです。
集中する事の本当の意味について考えてみよう
今まで集中力やリラックスが大切だと教えられてきた人も多いと思いますが、皆さんが想像している集中力やリラックスは、本当の集中力やリラックスとは大きく異なるものなのです。 世間一般で言われる集中力をつけるということは、ある1点に集中するということではなく、実はそれ以外の事にも気を配れるということなのです。
サッカーでいうなら、ボールばかりを追うのでなく、周りの状況にも気を配れる方が良いと思いませんか。ボールを持っている一人だけに集中するのでなく、その他のプレイヤーの動きにも気を配れるほうが、はるかに優れているとおもいませんか?
例を挙げてみましょう。クリッカーの鳴る音に集中したとします。本当に集中したとすると、クリッカーの音以外聞こえなくなります。ここまでの記述では集中する事は大切だと思うかもしれませんが、それが大きな間違いなのです。 本当にクリッカーの鳴る音に集中したとしたら、おそらくその人は隣の人のクリッカーの音で射っていることでしょう。 隣のクリッカー音で射つのは集中していないからだと思うかもしれませんが、実はその逆で、集中しているからこそ、隣の音に反応してしまうのです。上手い人は隣のクリッカー音につられることもありませんし、雨などで音が聞こえにくい場合でも、クリッカーが鳴ったのを押し手の手で感じて射っています。つまり上手い人は自分のクリッカー音や隣のクリッカー音、さらには押し手にも意識をかよわせている(意識を分散させている)からこそ、多くの音の中で自分のクリッカー音が聞き分けられるのです。
いや集中していれば他の音も聞こえないと、反論する人もいるかもしれませんが、開始のブザーや警告音が聞こえないのは集中しているからではなくて、単に舞い上がっているからだと思いませんか。「決勝の最後の1本はどう射ったかよく覚えていません。」と言うコメントが優勝者なら、人々はすごい集中力だと言い、敗れた人のコメントなら、人々は緊張で舞い上がっていたと言うはずです。
試合で実力を発揮するためには、どうしたら良いかを考えましょう
アーチェリーにおいても、試合というのは1つの戦いではありますが、ライオンやトラと戦うわけでは無いのですから、負傷に備え手への血の供給が圧縮され、出血の量をを減少させるほどの緊張は必要ありません。つまり緊張は大切だけども、過度に緊張する必要はないと言うことです。
当たり前のことのように思うかもしれませんが、多くの人は緊張の度合いをゼロにしようとしていますが、ここが大きな間違いのもとなのです。 緊張の度合いをゼロにするのではなく、少し下げるだけでいいのです。
緊張している人は、自分だけでなく、他の人もそうなのだという事に気づくべきなのです、そうすれば必要以上に緊張するという事も少なくなるはずです。場数を踏むと緊張しなくなると言いますが、これは緊張の度合いを少し下げ、さらに少し下げ、これを繰り返した結果なのです。
前にも書いた通り、試合になると鼓動が速くなり、喉が乾き、手が冷たくなったりしますが、これは人間の防衛反応が開始され、筋肉が行動に移ろうと準備しているので、このこと事態をまず当たり前の現象だと思うことです。
実力を冷静に判断しよう
そして自分の実力を冷静に判断することです。アベレージ550点アーチャーなら、試合でも550点だということです。1年の内で5・6回580点が出るからと言って、試合でそれが出るとは思わないことです。
300点を目標に頑張っていたとして、初めの1エンドが40点なら、目標を290点に変更することです。 1エンドが40点なら残りのエンドを52点平均にして300点を目指したがる気持ちは解りますが、52点平均で射てるなら、本来の目標は312点のはずです。312点が出ないから目標が300点なのであって、そこのところを勘違いしないようにするべきです。
精神力は魔法の力ではありません
さらに言うならミスをしたからと言って、次の3射でミスを取り返そうとして30点を狙わないことです、なぜなら普段より良い点である27点を射ったとしても、3点も悪いとマイナス思考になってしまうからです。
先ほども書きましたが、むやみやたらに集中しようと思わないことです。何かに集中しようとすればするほど、周りが見えなくなってしまいます。集中しなければと思っている時ほど、意識を別の方に向けた方が良いと思います。出来ればそこで、無性に焦っている滑稽な自分を見つめることが出来るとさらに良いと思います。
仮に点数が悪かったとしても、それを精神力のせいにしないことです。精神力のせいで点数が悪かったと思っていると、いつまでたっても上達しません。点数が悪かったのは、そういう実力なんだとはっきり認識することです。ここではっきり言っておきますが、試合での精神力をどんなに鍛えても点数は上がりません。精神力で点数が下がることはあっても上がる事はまずありません。そんなはずはないと思う人もいるかもしれませんが、アーチェリーというスポーツは他のスポーツと違って、一定性を競うスポーツであるということを考えてみて下さい、普段と違う精神状態、それが良いにしろ悪いにしろ、普段と違うという事そのものが一定性を破壊しているのです。
試合で恥ずかしい点数だったらどうしよう、悪い点数だったら先輩に何て言われるだろうと、他人の評価を気にし、自滅していく人も多くいますが、他人が過大に、あるいは過小に評価しようが、自分の実力とは全く関係がない事に気づくべきです。 他人の気持ちを勝手に想像してプレッシャーを感じ、自滅していくなんて馬鹿馬鹿しいと思いませんか。人は自分をよりよく見せようと思った瞬間に自分以下になってしまうのです。
プレッシャーの正体は見えない影
いろいろ書きましたが、これを読んだからと言って、すぐに試合で過度プレッシャーが無くなるというものではありません。試合で過度にプレッシャーを感じている人は、はっきり言ってそういう病気にかかっているのです。ですがこの病気は、考え方1つで直るのです。(この考え方を変えるのがたいへんなのですが)
実はプレッシャーというものはは見えない影におびえているようなものです。これから起きるであろうことを勝手に自分なり想像し、それに対しての悪い結論を勝手に想像しているに過ぎないのです。
例えば、暗い夜道を一人で歩くのが怖いと思っている人がいるとします、現実にそういう人は大勢いますし、その気持ちも理解できます。 夜道が怖いと言っている人にその理由を聞くと、幽霊やお化けが出るかもしれないからと言う答えが返ってきます。この人に幽霊やお化けは存在しないんだと、一所懸命に説明して「これで夜道は怖くないね?」と問いかけても、「でも、本当に幽霊が出るかもしれ無いじゃないですか。」などという返事が返ってくる。でもこういう人たちも夜道を何回か通ることで、恐怖が少しは少なくなるだろうし、暗いと言っても、所々に明かりがあることに気づくかもしれない。しかしその一方で、夜道をまったく怖がっていない人も確かに存在します。こういう人たちは幽霊やお化けを、初めから信じていないからです。信じる、信じない、考え方1つでまるっきり違ってくるのです。
私の経験
プレッシャーに怯えている人もこれと同じで、いないはずの幽霊やお化けに怯えているだけなのです。経験によって克服する場合もありますが、ある日突然に考え方が変わって克服する場合もあります。
私の場合、その瞬間は突然にやってきました。初めての全日本インドアの試合、予選を3位で通過して、これも初めてのオリンピックラウンド。試射の時など自分でも足が震えているのがよくわかりました。大勢の観衆の中、18m先の的がやたら小さく感じました、外したらどうしよう、この場合の外したらと言うのは畳である。冗談ではなく、その時は本当にそう考えていたのでした。1射目はよく解らない内に射っていた。的はトライアングルの的だったので、2射目は畳の上の方になる。予選の結果からいえば半分が10点、そして数本の8点、残りは9点なので、畳を外すなどというのは全くの論外なのだが、この時は畳を外したら、という考えが頭の中をほとんど支配していた。アーチェリー人生において一番緊張したのがこの時である。がくがく震える中、情けないようなリリースをし矢は上の7点に刺さった。その瞬間である、畳を外すという考えがナンセンスだと唐突に気づいたのである。とたんに落ち着きを取り戻した。そして次の射、自分に問いかけた、「あの2射目より緊張しているか?」「まだ緊張しているが2射目ほどではない。(=そんなに大きく外れない)」「じゃー、大丈夫だ。」そうこの時悟ったのである、見えない影におびえているのだが、じつはその影は以外に小さいことに。
それ以来何回も全日本に出場し、決勝ラウンドを何回か経験したが、今でも緊張しているとき問いかける。「あの2射目より緊張しているか?」
皆さんも一度考えてみて下さい。今緊張しているが、この緊張の度合いは、今までで何番目に相当するのかを。そう考えると緊張はしているが、さほどでもない事が解るはずです。
みなさんのプレッシャー克服の方法などがありましたら、ぜひご連絡下さい。