クッション・プランジャーの普及

クッション・プランジヤー(以下、プランジャーという)が市販されたのは1969年ぐらいからである。そして、この考案者がビクター・バーガーという人である。 彼の考案したプランジャーは「バーガー・ボタン」という商品名で何種類も市販されていた。
 矢の蛇行を少なくしたり、スパインの調整に使われるプランジャーは、現在ではほぼすべてのリカーブボウアーチャーが使用している。得点向上には不可欠ともいえるプランジャーであるが、当初このプランジャーの普及にはかなり時間がかかったのである。

 ここで少しプランジャーの役割を紹介します。矢はリリースの瞬間にハンドルのフェイス面方向に大きくたわみます。 この時にプランジャーが無い場合、矢がハンドルに接触します。ハンドルから見れば、矢がハンドルを叩くことになり、ハンドル・矢の両方がブレることになります。 プランジャーを使用する事で、1.矢をハンドルから離すことが可能で、その距離も調節出来る。2.ハンドル・矢に加わる衝撃を少なくすることが可能で、その衝撃の強さも調節出来る。

話しを戻して、プランジャーの使用に関して1971年の世界大会では開催の3週間前に「パーカー・ポタンは一種のショック・アプソーバーであり、使用は認められない」とプランジャーの世界大会での使用を禁止したが、その2ヶ月後には「いかなる種類の可動性プランジャーの使用は認められる」という決定がなされ、ここで初めて世界大会での使用が認められたのである。
 しかしその4年後の1975年の世界大会でも、約70%の選手しか使用してなく、約30%の選手はプランジャーは必要無いと考えていたのである。
 当時の雑誌記事にも「プランジャーは確かに便利なものではある。しかし、これをつけたからといってスコアがアップするかといえばそうではない。多少のミスをカバーしてくれるというだけである。技術のうまいアーチャーがこれを使えば、彼はリリースミスがはっきリとわかってくるようになる。それは技術を自分のものとしているからである。下手なアーチャーではリリースミスがつかめないことにもなりかねないのがこのプランジャーであり、その意味ではトッブアーチャー向きの用具ともいっていいだろう。事実、日本の記録はブランジャーのないアーチャーによって作られてきており、また、オリンビッグで優勝したウィリアムズにしても、あの時は普通のレストで記録を作ったのである。いくら便利だといっても所詮は用具にすぎないのである。そのへんを割り切って使用すべきものといえよう。」と書かれている。
 1970年代では下手な人がブランジャーを使うと、リリースのミスが自覚できないので、初心・中級者は使うべきでは無い。少なくとも50m・30mで600点を越えるまではブランジャーを付けるべきではないとの風潮があったのは事実である。

これもどんなに良い道具や、練習方法が開発されても、それが受け入れられるまでには時間が掛かるという1例なのかもしれない。

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